ドンキーコング裁判の舞台裏、1983年の法廷文書が改めて注目される

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ユニバーサル・スタジオが任天堂を相手取って起こした「ドンキーコング著作権裁判」は、ゲーム業界史に残る法廷劇として語り継がれています。この一件に関連する文書が改めてスポットライトを浴び、当時の攻防の詳細が掘り起こされています。

ニュース概要

ドンキーコング裁判の関連文書

1982年、ユニバーサル・スタジオは『ドンキーコング』が「キング・コング」の権利を侵害しているとして任天堂を提訴しました。ところが裁判の過程で、ユニバーサル自身がかつて別の訴訟においてキング・コングをパブリックドメイン(著作権が消滅した公共の作品)と主張していた事実が発覚。この矛盾を任天堂側の弁護チームに突かれた結果、1984年に任天堂が完全勝訴を収めました。Polygonは今回、宮本茂氏の証言録(デポジション)を含む関連文書を取り上げ、当時の法廷でのやり取りを詳しく紹介しています。

出典: Polygon

ハマケンのひとこと

この裁判、知っている方も多いとは思いますが、改めて振り返るとかなり痛快な話です。訴えた側のユニバーサルが、過去の別訴訟で「キング・コングはパブリックドメインだ」と自ら主張していた——これを任天堂側の弁護士ジョン・カービー氏(任天堂のカービーの名前の由来とも言われる人物です)が見事に突いてみせたわけです。巨大映画会社の法務チームが自分たちの過去の主張に足をすくわれるという、まるでゲームのストーリーのような展開ですよね。

宮本茂氏の証言録が今回の記事で紹介されているという点も見逃せません。当時まだ30代前半だった宮本氏が、国際的な法廷闘争の中でどのような言葉を語っていたのか——ゲーム開発者としての視点が記録として残っていること自体、歴史的な価値があります。任天堂がこの訴訟に負けていれば、その後の北米市場での展開も大きく変わっていたかもしれません。1983年という時代にすでにこれほどのドラマがあったことを、ぜひ若いゲームファンにも知ってほしいと思います。

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